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南市岡 前川

Author:南市岡 前川
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大阪の夜の町を
何の理由も意味もなく
ただブラブラ歩くだけ・・・
でも、何か新発見があるのでは・・・
と微かな希望を持ちながら
今夜もオッサンが旅に出る・・・

地下鉄の谷町線に乗っていたら
声をかけられた。

銀行勤めの地元の人で・・・
あれ?帰らないの?
と聞かれ
ちょっと行くところがあるので・・・と。

谷町4丁目でお別れし、
谷町9丁目を降りた。

散歩に誘ったら誤解される場所からの
スタートなので・・・
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「都会の天使 伯爵夫人」

看板にあるように
何やら訳ありの男女が次々と・・・
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生々しい写真は
トラブルを生むので撮影は程々にして
最初の目的地へ・・・
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真言坂です。
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真言坂

天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、
一番北に位置し、かつ唯一南北に通る。
北側の上り口は千日前通の南
(阪神高速高津入口付近)に通じ、
上り口に真言坂の顕彰碑があり、
正式名称は真言坂。
南向きに坂を上ると生國魂神社の
北の鳥居・石段の前へ至る。
坂の名の由来は、
このあたりに生國魂神社の神宮寺だった
法案寺をはじめとした
真言宗の仏教寺院が十坊
(「生玉十坊」と呼ばれた)あったことに
由来する。これらの寺院は明治時代初頭
の神仏分離により撤去され、
現在は周辺はマンションや
ラブホテルが建ち並んでいる。
真言坂の両脇もマンションである。
現在の坂は自動車が通れる
石畳となっている。
(南向きの一方通行である。)

******************

迎賓閣・・・
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京都の名所だったはず・・・
こんなにさびれてしまったのか・・・
(笑)
伯爵夫人といい迎賓閣といい
ええとこの人が集まる場所なのか・・・
エテこうの私にはどうも・・・(笑)

生玉北門坂を下ると
鳥居があります。
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憶えにくいモータープール・・・
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さて、
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鳥居をくぐったところで
若い娘が男と
また連絡して、と別れ・・・
若い娘、家へ帰るのかと思いきや
鳥居の近くでウロウロと・・・

目を見ると
獲物を狙うハンターの目・・・

なるほど・・・

獲物を狩って
そのまま伯爵夫人のいる場所へ・・・

そして男は崖っぷちへ転落・・・

なるほど、
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それでこの占いが(笑)
かわいい顔をしているのに・・・
人生えろえろ・・・
ではなく
色々ですね・・・

千日前通りを西へ向かいます。
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地蔵盆でもやっているのか・・・
と思ったら
居酒屋のようで・・・

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三津寺墓地です。
西墓地の北側の墓地は松林庵墓地と
呼ばれているそうです。
賽銭箱が並んでますね・・・
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さて、法善寺横丁を通ります。
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法善寺横丁

当寺院の北側にある細い通り。
もとは境内だったことから法善寺裏、
法善寺露地などと呼ばれていた。
昭和初期に小説『夫婦善哉』や
『法善寺横丁』に登場して有名になり、
横丁の名が定着した。

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水掛不動さんと金比羅さんです。

次々参拝客が・・・
人気ありますね。

「青いモビルスーツのことか!!」
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とアムロ氏がおっしゃってます。

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夫婦善哉の作者、織田作之助さんの
ことも今度調べてみよう・・・
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法善寺横丁のそばに大きい塔が・・・
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「宴の塔」と書かれています。

「宴の塔」は景徳鎮千年祭
(二千四年)の記念プ口ジェクトとして
二基制作されたもので、
もう一基は関西国際空港に
展示されてるそうです。
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上方浮世絵館です。
絵を観に行くのも良いでしょうね・・・
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おっちゃんが怒ってます。

西へ進むと・・・

おや、阪神の元監督
吉田義男氏が・・・
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こんなところで
何をされているんですか?
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答えてくれませんでした・・・
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さて、道頓堀を西へ・・・

水上バスがタイミングよく来ました。
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外国人観光客に混じって
撮影・・・
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西に進むと
出世地蔵尊があります。
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******************
出世地蔵

元和元年(1615年)
道頓堀川が生まれました。
街の発展に伴い、
多くの人が出世を願って、
地蔵尊に願掛けに訪れるようになりました。
しかし昭和20年の大空襲で街が焼け野原
となり地蔵尊の
行方も分からなくなり・・・
ところが終戦後、数年経ったある日、
この地蔵尊が土の中から見つかり、
新しく「出世地蔵尊」と命名され
現在地に祀られた。
再発見から現在に至るまで、
出世を願う、多くの善男善女が
参拝しています。
出世や栄達に御利益があると
評判の西道頓堀新戎橋の新名所です。
******************

道頓堀ホテル・・・
小学校の同窓会を
ここでしましたね・・・

なんやこの柱は・・・
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ホテル曰く、

向かって左から
「東洋人・アフリカ人・アラブ人・西洋人」
で、
世界のお客様に来ていただきたいという
思いを込めて造りました。
人間の顔は見た人にとって
一番印象に残るということで
大きな顔にしました。
後ろのお尻は四体ともすべて違うので
覗いて見てくださいね!
・・・とのこと。

なるほど・・・

本当は続きがあるのですが
それは別の機会とさせていただきます。
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今日はここまで。
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さて、次はどこへ・・・

「きのう歩いたおっさんが~ 
 きょうは仕事で汗を流し
  あしたを目指して立ちあがる~

 たて~たて~たつんだ~かつ~」
(丹下段平のテーマ曲より)
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