キックベースやその他の出来事の日記です。
プロフィール

南市岡 前川

Author:南市岡 前川
マエブロへようこそ!
くだらない日記です。
我慢して読んで下さい。
私を表現する言葉
「風林火山」

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
カウンター

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

瞬間視力でドン

Flashリバーシ
画面下を人々がお散歩するブログパーツ(Twitter連携可)
フリーエリア
ブログ内検索

RSSフィード
リンク
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
大阪の夜の町を
何の理由も意味もなく
ただブラブラ歩くだけ・・・
でも、何か新発見があるのでは・・・
と微かな希望を持ちながら
今夜もオッサンが旅に出る・・・

堀江・・・

大阪以外の人は
ホリエモンを思い浮かべるでしょうが
大阪の堀江地区は
新しい店と古い店が融合している
ところですね。

堀江にも色々ありまして・・・

今日は家具の町
「立花通り」といわれていた
「オレンジ・ストリート」へ・・・

湊町リバープレイスからスタート。
DSC_6332.jpg
いつみても
変わった建物ですね・・・

******************
湊町リバープレイス
(みなとまちリバープレイス)

大阪市浪速区湊町一丁目にある、
多目的複合イベントスペースである。

大阪市の都市構造再編プロジェクト
「ルネッサなんば」のウォーター
フロントゾーンとして、
旧国鉄湊町駅(現 JR難波駅)の
貨物ヤード跡地に開発され、
2002年に開業した。
プラザ1(地下2階)、プラザ2(1階)、
プラザ3(2階)の
屋外イベントゾーン3箇所と、
エフエム大阪の社屋、3階から6階を
占めるライブハウス「なんばHatch」
およびオフィスなどで構成されており、
音楽・パフォーマンスイベントや
展示会に幅広く使用されている。
また、建物の一部を阪神高速道路の
湊町出入口と共有しているほか、
2階は湊町PAとしても利用されている。
なお、湊町リバープレイスの他の
施設と同PAは接続していない。

道頓堀川を航行する遊覧船が
使用する湊町船着場に接して
いるほか、JR難波駅や
大阪シティエアターミナル
(OCAT) およびバスターミナル
からも至近距離にある。
また、浮庭橋を渡ると南堀江方面
にもアクセスが可能である。

******************
湊町リバープレイスのそばで
移動式カフェが営業中・・・
DSC_6333.jpg

なんか外国に行った気分。

子供の頃、
この周辺を通ると
「トルコ」という文字が書いた建物が
多くあって、
何の店やろ?
と思っていたのですが・・・

知り合いのおっさんに
「若いうちにトルコへ行かなアカン」
と言われ、
そんなに大切などころなのか・・・

いやいや・・・
話が逸れましたね(笑)
DSC_6334.jpg

DSC_6335.jpg

さて、
オレンジ・ストリートに入ります・・・
DSC_6336.jpg

DSC_6339.jpg

DSC_6957.jpg

DSC_6958.jpg

DSC_6959.jpg

DSC_6960.jpg

DSC_6961.jpg

DSC_6962.jpg

******************
オレンジ・ストリート (立花通り)

家具屋街として知られた立花通りは
高度成長期には空前の繁栄を見たが、
次第に市民の郊外への転居、
郊外の大型家具店の登場で廃れ始め、
1990年代には人通りがほとんどない
までに寂れてしまった

堀江地区に西大橋駅が開業した
平成9年(1997年)ごろを転機に、
堀江は再生への道を歩み始めた。

廃業寸前だった立花通りの家具屋は
バブル崩壊後、息子たちの代の
経営者に代替わりし、1992年ごろから
「オレンジ・ストリート」の愛称や
フリーマーケット、
ベストカップルコンテストなど
若者向けの催しを企画し始めたが、
西横堀川(阪神高速1号環状線)
の東側のアメリカ村からは若者が
なかなか流れてこない状態で、
家具を購買させるには
いたらなかった。
それでも催しや「家具フェスタ」など、
「家具の町」を呼びかけ続けて模索
するうちに好機が到来した。

かつて何もなかったアメリカ村で
若者向けの店を開いた日限萬里子らが、
堀江公園があり緑も比較的多い
堀江に注目して、ゆったり過ごせる
ようなカフェを開業させたこと
アメリカ村の制御不可能に陥った
雑踏や騒音と訪れる客層の低年齢化を
嫌った若者層が新しくできる
堀江のカフェや
店舗群に注目し始めたこと
さらに決定的だったのは立花通りの
家具店跡に相次いで東京から
大型セレクトショップが進出した
ことだった。

2001年ごろには大阪へ進出する
店舗が堀江に矢継ぎ早に開業し、
地元勢もカフェやギャラリー、
衣料店の複合店舗などを次々
開店した。立花通りの人通りは
激増した。旧来の家具屋も、
セレクトショップの
テナントビルに移行する者や、
若者向けのインテリア店や
高級インテリア店として
改装する者があらわれ、
再び立花通りは家具選びの
選択肢として浮上する
ようになった。SOHOや
小規模事務所なども
新規に開業し、
デザイナーらの拠点としても
機能し始めた。

この結果、大阪の地価が下がり
続けた2000年代前半、
勢いのある商業地として評価された
堀江の四つ橋筋沿いの地価は
下げ止まるようになった。
また、治安も以前と比べて
大幅に改善されている。
******************
私が結婚した当時、
近くにホームセンターがあまりなく、
家具を買いに立花通りまで買いに来たのを
憶えています。
DSC_5745.jpg

DSC_5746.jpg

DSC_5747.jpg

DSC_5749.jpg


DSC_5750.jpg

DSC_5742.jpg
今はホームズやらイケヤがあって
若い子はええなぁ・・・
DSC_6337.jpg
以前は家具の店ばかりでしたが
今はカフェやブティックや雑貨屋やら・・・

ランマ専門店はなかなか無いですね・・・
DSC_5751.jpg

たくさん顔が・・・
DSC_6963.jpg
あぁ、あそこですか(笑)
DSC_6964.jpg

「玉出」
DSC_6971.jpg
犬も歩けば玉出にあたる

ゴルフの練習場です。
DSC_6972.jpg

小さい神社があります。
DSC_6968.jpg
DSC_6969.jpg
難波神社のお旅所のようです。

堀江を歩きましたが・・・
DSC_6970.jpg

DSC_6967.jpg

DSC_6966.jpg

さて、
この町の注目すべき点は

『地元住民が近年の活況で自信を
 取り戻した事、なおかつ無秩序な
 店の出店には歯止めをかけている
 功績も大きい。
 こういった活況が大阪市役所など
 行政の手によらず、
 志を持った住人たちの力で起こった
 事は町の再生の成功例として評価
 されている。』

ここですよ・・・
DSC_5754.jpg

町に活気が出れば
町はよみがえる・・・

橋の片隅に
水防碑がありました。
DSC_5739.jpg
「災害は 忘れたころに やってくる」

忘れないようにしよう・・・
DSC_5740.jpg


今日はここまで。
140510horie.jpg
さて、次はどこへ・・・

「ありのままの写真撮るのよ~
  ありのままの記事を書くの~
   何も怖くない~
    風よ吹け~
    明日どこへいこうか」

  
(アナと雪の女王より)
スポンサーサイト
<< 大阪語録 // ホーム // かつ散歩-26 真田幸村からアメリカ村へ編 >>

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック URL
http://maekawa.blog21.fc2.com/tb.php/663-c80b323e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
// ホーム //
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。